院長ブログ

なんのために論文を書くの?

公開日:
監修:めいほう睡眠めまいクリニック院長 中山明峰

論文と言っても質があります。学者が指す論文は国際的に必要とされる知識であり、載せた雑誌に信憑性、さらに第三者の査読が入った雑誌を言います。論文がどれだけ世界で引用される価値かを評価するためにIF(インパクトファクター)という目安があります。

IFはいつの間か学者のランク付けとなり、反面、差別になりうるのです。つまり点数が低ければ価値の低い論文と評価され、希な疾患は日の目に当たらなくなります。また、歴史が長く人数の多い大学であれば、仲間同士の論文に名前をつけて貰えるので、教授選になるとダントツに偏った学校が勝つ仕掛けになっています。

ところが最近、医学部ではIFと全く異なり、臨床力も人間性も低い教授が選ばれる問題が発生、IFが高すぎるひとは逆に疑われるようになりました。選ぶの教授たちは学閥に偏っている事実があるので、医学部の教授選はいまだ江戸時代かも知れません。笑えることにそこまで教授が美味しい仕事どころか、自己犠牲以外何もない時代となりました。時々、どこかの国で沈没船の客をおいて先に船長が降りることに類似したことが起きているのも事実です。

一方、自分の経験をやたらと語る医師がいます。その医師がもし論文ゼロならば、話す理論で必ず矛盾が起こります。例えば私の手術は成功率100%です、というならば、常識ある学者であれば、そんなことが医学で起こりうる訳ない、あるとしたら自分の失敗例を捨てる操作を加えていることが明らかで、専門家には相手されませんが、素人にはカリスマの先生と言われることもあります。何事もバランスです。

7年前でしょうか、大学時代に広く睡眠の重要性を知って頂こうと、全国の医師に対し二日間かけて勉強会を行い、北は北海道から南は九州まで沢山の先生が集まって下さいました。なかにひとり目の輝きが違う若者がいました。高林先生の語り口は控えめで穏やか、北海道で府民のために日夜努力している姿が容易に想像できました。

彼に得意とする仕事を聞くと、ブローアウト骨折という。よく事故で鼻が折れると言いますが、外力が人間の目に当たった場合、眼球が破れないように、それを支える眼窩の床が抜け、眼球が上顎洞に落ちる仕掛けが備えられています。ところが事故後、両目の位置がズレるため、患者は複視に苦しむのです。この骨折をブローアウト骨折と言います。そもそも事故してブローアウト骨折になるとは限らない、症例が担ぎ込まれた時、自分がその担当に当たるとは限らない、私は人生で治療を担当したのは3例ほどしか経験がありません。

ところが高林先生の治療した症例数をみると、24時間病院に住んでいるの?というくらい緊急待機していないと、ありえない症例数。さらに数を経験しているために、教科書の治療法からさらにバージョンアップした方法を考えて実行している事実を知って驚きました。

「あなたはこれを世界に知らせるべきです!」、返ってきた回答に驚きました。
「論文を書いたことがありません」
「そんな勿体ない!私が教える!」と意気込んだのはいいものの、彼は北海道在住。

それから毎日インターネットでのやりとり。
「手術法を論文に載せるのはもっとも難しい。論文にはEBM、つまり医学根拠の実証法が要求される。新しい手術法が雑誌に載りにくい最大の問題は、それが異なる手術と比較して間違いなくいい、という実証が容易ではないからです。つまり第三者の目でみても、この方法は間違いなく良い、という研究手順を学ばないといけないのです。それを学ぶために、まず私が得意とする領域でコラボしましよう。君は鼻、私は睡眠、鼻の手術をしたら睡眠がよくなるという実証をしよう、一から研究をデザイン、症例を集め、解析し、それから論文を書く、という大学院コースを短期間修得しましよう!」と伝えました。
通常これだけの話を聞いたらくじけるものです。それどころか、通常数年かかるものを、彼は半年で症例集めを終了し、同時進行して英文の書き方を伝授。

「私を小学生だと思って、優しい日本語であなたの研究を表現して」というのが英論文を書く第一歩。」
「野球ボールが目に当たったとする・・・。はい、それをアメリカの子どもに英語で説明して」
「One day, a baseball hit boy’s eyes・・・・ 」

このようなゼロからのやりとりをネット上で行った結果、わずか数ヶ月で完成し、さらに一発で国際雑誌に掲載、そしてその年の日本耳鼻科学会総会雑誌で選ばれ、翻訳版を書いて全国に広められました。彼のモチベーションが奇跡を起こしました。
The impact of nasal surgery on sleep quality. K Takabayashi, M Nakayama, M, Nagamine, F Taketoshi. ANL 48:415-419. 2021.
内容:鼻の通気が睡眠に影響を与える重要性を伝えたのみならず、この論文では鼻に影響をしないほかの手術の対照群を備えたことが学術的に大きなインパクトとなった高林先生のドウテイ作です。

それから彼は人が変わったように、医学雑誌検索エンジンでもっとも使われているpubmedにおいて、その後の3年間に、なんと10枚以上の英文を書いたのでした。
鼻の業界の先生たちは何があったの?と皆が驚いたようです。名古屋の変な先生の名前を出してくれるようですが、そりゃ誰も信じないでしょう。同じ医局の門下生でも、縁もゆかりもない同士ですから。

数日前、彼から論文が掲載された連絡が来ました。地道な活動がいよいよ実り、彼のオリジナル手術法が認められ、世界に広められました。最初に教えた以降、はほぼ何も手伝っていません。にも拘わらず未だ論文で謝辞を書いて下さることを思うと、心が打たれ、目がうるっとします。

世の中って面白いですね。子どものように手をかけた後進、羽ばたくと何一つ連絡もなくなる人間が多々。と思うと、大した労力も割いてないのに大成し、いつまでも覚えてくれる人間がいます。実は彼はもともと成功する素質があるように感じ、運よくも彼の着火剤になる機会を与えられたことに感謝するべきだと気づかされました。

私の教育の信念は、「腹の空いた子に魚を与えるな、魚が捕れるまで捕り方を教えろ、そうすればその子は生涯腹を空かさずに済む」。
とは言え、マッチ一本で火山爆発を起こした最大級の衝撃をこの論文で感じました。私の心に宝を送ってくれた彼に感謝です。


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